向日町の成立
向日市の前身は向日町で、その名の由来は市域の鎮守である向日明神からきています。
天正20年(西暦1592)年8月、豊臣秀吉は西国街道沿いの向日明神前に新町を造ることを認めました。
当時の京都所司代前田玄以が向日前新町の建設を認める3か条の定書を下したことがその始まりと言われています。
定 向日前新町三町之間
一、道より西者家を立て候共、有来る如く明神領たるべき事(街道よりは西は前々通り明神領とする。)
一、三町之間に在々家役人居住すべからず候、但隠居仕り候て、在所においても諸役仕らざる者ハ苦しからざる事
(向日前新町には農村の家役人つまり本百姓が居住してはいけない。二男、三男などの分家また退隠したものは移住してもよい。)
一、屋敷請取置き候共、家を立てざる者に於いては、立勝に相渡すべく候事
(新町を造るにあたって、町割りを行い土地の割り当てを受けた者が家を建てないときは、家を建てた者から土地を渡すよう。)
天正廿年八月 日 民部卿法印(花押)
