千代桜天満宮

更新日:2018年7月2日

千代桜天満宮

右大臣・菅原道真が、左大臣・藤原時平のざん言で太宰府に左遷されたのは延喜元年(西暦901年)のことでした。
道真が筑紫に向けて平安京を出たのは、うららかな春のこと。
別れを惜しむ者、お供をとすがる者、多くの者が道真のもとに集まりました。ともに都を離れましたが、道真も供の者たちも心は暗く沈んでいました。「悲しんでばかりはおれぬ。何とか公の心をなごませねば」と、供の者は気持ちをふるいたたせていました。

ちょうど、桂川を渡り寺戸あたりまで来ると、1キロ先の西の岡に桜が咲いているのを見つけ、「あそこで、きっぱり都に別れを告げよう」と道真は心に決めました。丘の中腹に行くと見事な桜が100本余り、空をおおって咲いていました。道真は京の都の方に花びらが流れて散っていくのをじっと見つめて立ちつくしました。供者たちも道真の心中を察し、そっと涙をぬぐいました。また、道真公のお立ち寄りを知った近くの村人たちも一緒に涙を流したとのことです。

道真が去った後、村人は道真の去りがたかった心を察し、そして子どもに知恵を授けてもらおうと天満宮を建てたのです。それが、千代桜天満宮で、桜はいつしか天神のさくらと呼ばれるようになりました。

桜には道真の心が宿ってか、散り始めると決まって南風が吹き、都の方へと花びらを飛ばすといいます。

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