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こどもの世界
尋常小学校の教科書
『小学国語読本』巻一〜巻十二
昭和8〜12年(1933〜37)発行

明治36年(1903)、小学校の教科書は国が内容を決める国定教科書となった。そのため、全国で同じ教科書が使用され、この制度は第二次世界大戦が終結する昭和20年まで続いた。国定期の教科書は、教育方針の変化にともない5期に分けられるが、この国語読本は第4期に属するもので、それまで灰色など暗い色調が多かった表紙が明るい薄茶色に変わり、挿絵に多色刷りが採用されるようになった。
『小学国語読本』巻一
昭和8年(1933)1月翻刻発行

1年生が学ぶ冒頭部分。それまで「ハト」「マメ」など単語で始まっていたのが、「サイタ サイタ サクラガ サイタ」と文章で始まるのが特徴で、「サクラ読本」と呼ばれる。次の見開きには兵隊、その次には日の丸の国旗が登場する。
『少国民の常識』・『少国民の一般常識』
昭和15年(1940)12月発行

昭和15年に近衛内閣のもとで日独伊三国同盟が締結され、国民統合を図る「新体制運動」が進められると、児童も新体制の一員として組み込まれ、「天皇陛下に仕える小さな皇国民」の意味で「少国民」と呼ばれるようになった。
少国民雑誌
『幼稚園』第12巻1号
小学館発行 昭和17年(1942)4月

表紙に「タタカヒ ヌカウ 大東亜戦(だいとうあせん)」とあり、銃を持った男児と旗を掲げる女児の後ろには戦艦が見える。『幼稚園』は昭和7年創刊の幼児向け雑誌。
紙芝居『ソロモン海戦』
日本教育紙芝居協会 昭和18年(1943)7月

昭和17年8月に日本海軍とアメリカ・オーストラリア海軍との間で戦われ、夜戦により日本側が勝利をおさめた第一次ソロモン海戦のようすを描く。昭和13年に創立された日本教育紙芝居協会は、戦争協力を啓発する紙芝居を数多く製作し、子どもだけでなく大人にも影響を与えた。こうした紙芝居は、戦時体制下の国策をひろめるのに大きな役割を果たした。


