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生活用品等
ラジオ(山中電器製)

開戦を伝える当時の新聞には、「正義の電波 戦ふラジオ・戦ふ放送局」の見出しで、臨時ニュースが刻々と放送されたことが記される。京都では、「新聞とラヂオの声に千年の古都京都は英米討つべしとの激しい気勢の噴火口と沸立つた」という。ラジオが告げる戦果を報じる臨時ニュースと合間に流れる軍歌のリズムは、国民の戦意をますます高揚させていくことになった。
代用品
昭和13年(1938)4月に国家総動員法が公布されて以降、軍需優先のため、あらゆる物資が政府の統制下におかれ、生活用品への使用が制限されるようになった。特に金属は段階的に統制が強化され、生活用品に使えなくなると、陶器・磁器など代替素材によって製造された代用品が普及した。
陶製湯たんぽ

布製バケツ

竹製ボタン・バックル
日本竹釦(たけぼたん)株式会社の製品。

日本竹釦株式会社の広告
昭和15年(1942)4月刊の『乙訓郡誌』に掲載

日本竹釦株式会社は、乙訓特産の竹材を加工してボタンやバックルなどを製造する会社で、向日町上植野小字切ノ口にあった。竹の加工品は大正時代から試作・製造されていたが、代用品としての需要の高まりを受けて、昭和14年4月に資本金を集めて創立された。社長や取締役・役員には、当時の乙訓郡内における政財界の有力者が名を連ねた。


